諸見里しのぶがギネスに認定 栄誉を弾みに「全力でぶつかる」 [ゴルフ]

 諸見里しのぶ-p1.jpg女子ゴルフの諸見里しのぶ(25)が、ギネス世界記録に認定された。これまでギネスブックに登録された日本人アスリートといえば、大リーグのイチロー(マリナーズ)や松井秀喜、女子フィギュアの浅田真央らといった世界を相手に戦った強者ばかり。

 これまで国内ツアー優勝9回を数えるが、今回、世界一流の栄誉に浴した諸見里しのぶは「ギネス世界記録ホルダーとしての名に恥じぬよう、全力でぶつかっていきます」と、今季のさらなる活躍を期した。

一生忘れられない
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 認定された記録は、2011年7月に静岡・東名CCで行われたスタンレー・レディースで、最終日に前半9ホールで女子ツアー世界初となるハーフ「9アンダー」でラウンドしたスコア。27位で出た諸見里しのぶは1番から7番までバーディーを続け、8番(パー5)ではイーグルを奪った。9番はパーだったが、パー36のところを「27」の快記録をたたき出した。後半伸ばしきれなかったが、通算11アンダーの3位まで躍進。
「気がついたらバーディーばっかりでした。5連続以上バーディーは記憶にないので、6連続したときは最多だなと思いました」とコメントした。

 くしくも25歳の誕生日(7月16日)の翌日での快挙達成となり、自らバースデーを祝った格好に「誕生日翌日での記録達成ということもあり、一生忘れられない出来事になりました」と喜んだ。

2年未勝利で「ゴルフを…」

 9歳でゴルフを始めた諸見里。
 01年3月のダイキンオーキッドレディースで当時の最年少予選通過(14歳8カ月)を果たした“元祖・天才少女”。05年にプロデビューすると、何と史上最短タイとなる3試合でシード権を獲得してみせた。

 06年には史上初めて新人として日米両ツアーに参戦した。才能を開花させたのは09年。6勝を挙げる快進撃を演じたが、最終戦までもつれた賞金女王争いでは最終戦に1打差で横峯さくらに逆転で賞金女王を奪われ、初の賞金女王をあと一歩で逃した。

 雪辱を期した10年シーズンは気持ちがリセットしきれなかったことで賞金ランク20位に降下。11年も調子を取り戻せずに未勝利で終わり、41位に低迷した。諸見里は昨年大晦日のブログで「今年は、私にとって凄く考えることの多い一年でした。ゴルフをしたくない!と考えた時もありました」と心境を吐露。さらに「十分な成績を挙げることができずに悔しいシーズンとなりました」とも。それでも「来年のために着々と頑張っています」と記しており、今年は早くも1月4日から始動し、雪辱を期す。

 そんな諸見里にとって、ギネス世界記録認定は一つの転機になったのは間違いないところ。開幕戦から「全力でぶつかっていきます」と誓う。

ギネスは一流の証し
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 さて、これまで日本人のスポーツ選手のギネス世界記録認定を見ると…。

 イチローはルーキー最多安打記録や10シーズン連続200安打などで記録。松井は09年ワールドシリーズにおける1試合の最多打点となる6打点を記録し登録された。浅田真央は10年バンクーバー五輪で、女子選手として史上初めてショートプログラムで1回、フリーで2回の計3回、トリプルアクセルを成功させたとして認定。なでしこジャパンのエース、澤穂希は11年の女子W杯決勝・米国戦で延長後半12分に挙げた得点が女子W杯での最も遅い時間帯の得点として認定されている。

 ところで、日本のゴルフ界では、2007年に男子ツアー、マンシンウェアKSBカップを15歳245日で優勝し、当時の史上最年少記録を打ち立てた石川遼が、10年中日クラウンズ最終日にマークした「58」の世界最少ストロークで認められたのは記憶に新しいところ。初めての認定の際「中学生の頃、友達と読んでいた『ギネス世界記録』に自分が載るとは夢にも思っていませんでした」とはにかんでいた。

 ゴルフ界では、タイガー・ウッズ(米国)が21歳3カ月の最年少で四大メジャーのマスターズ・トーナメントを優勝したことなど11回も認定されている。このほかに、“帝王”ジャック・ニクラウス(米国)がメジャー大会18勝の最多優勝で認定されている。ゴルフ界でもステータスだ。




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